民法909条の2の規定による遺産分割前における預貯金の払い戻し制度とは、遺産に属する預貯金債権のうち、一定の範囲について、遺産分割前に裁判所の判断を経ることなく、各共同相続人が単独で権利を行使することができる制度です。葬儀費用や医療機関の支払いなど小口の資金需要に迅速に対応する必要がある場合に活用することができます。
制度の概要
共同相続人は、遺産に属する預貯金債権がある場合は、その預貯金債権のうち相続開始時の債権額の3分の1に当該共同相続人の法定相続分を乗じた額について、単独で権利を行使することができます。
ただし、払戻しができる金融機関ごとの上限金額は150万円と定められています。
したがって、各共同相続人は、遺産に属する預貯金について、口座あるいは金融機関ごとに前記の額に達するまでは、裁判所の判断を経ずに、金融機関から単独で払戻しを受けることができます。
なお、1つの金融機関に複数の口座がある場合に、どの口座からいくら払戻しを受けるかは、各相続人の判断に委ねられています。
ただし、払戻しができる金融機関ごとの上限金額は150万円と定められています。
したがって、各共同相続人は、遺産に属する預貯金について、口座あるいは金融機関ごとに前記の額に達するまでは、裁判所の判断を経ずに、金融機関から単独で払戻しを受けることができます。
なお、1つの金融機関に複数の口座がある場合に、どの口座からいくら払戻しを受けるかは、各相続人の判断に委ねられています。
金融機関に提出する必要書類
民法909条の2の規定に基づき預貯金の払戻しを求める場合に金融機関に提出する書類については、法律上は規定がありません。もっとも、法定相続分を明らかにする必要があることから、①被相続人が死亡した事実、②相続人の範囲及び③払戻しを求める者の法定相続分が分かる資料の提出が必要となります。
具体的には、これらの事実を証する戸籍(全部事項証明書等)や法定相続情報一覧図の写しがこれに該当します。その場の必要書類については、各金融機関が定めるところによります。
具体的には、これらの事実を証する戸籍(全部事項証明書等)や法定相続情報一覧図の写しがこれに該当します。その場の必要書類については、各金融機関が定めるところによります。
払戻請求権の法律的性質
民法909条の2に基づく預貯金の払戻請求権は、預貯金債権のうち一定額については単独での権利行使を可能とするものであって、本規定により性質の異なる複数の預貯金債権を創設するものではありません。
したがって、相続開始により準共有となったものと解される預貯金債権の準共有持分を譲渡したり、これを差し押さえることは可能ですが、民法909条の2に基づく払戻請求権それ自体を独自に観念することはできず、これを譲渡したり、差し押さえることはできません。
また、同様の理由により、払戻しを受けるためには、預貯金が弁済期にあることが前提となります。満期到来前の定期預貯金であって、満期到来前の払戻しを認めない旨の約款のある場合には、金融機関が期限の利益を放棄しない限り、直ちに払戻しを受けることはできません。
したがって、相続開始により準共有となったものと解される預貯金債権の準共有持分を譲渡したり、これを差し押さえることは可能ですが、民法909条の2に基づく払戻請求権それ自体を独自に観念することはできず、これを譲渡したり、差し押さえることはできません。
また、同様の理由により、払戻しを受けるためには、預貯金が弁済期にあることが前提となります。満期到来前の定期預貯金であって、満期到来前の払戻しを認めない旨の約款のある場合には、金融機関が期限の利益を放棄しない限り、直ちに払戻しを受けることはできません。
具体例で払戻請求額の計算例をみてみます
被相続人Aは、遺言を作成せずに死亡し、相続人に妻B、子Cと子Dがいます。被相続人Aの遺産は、次のとおりです。
① 甲銀行に対する300万円の普通預金
② 甲銀行に対する720万円の定期預金(満期到来済み)
③ 乙銀行に対する240万円の普通預金
④ 乙銀行に対する500万円の定期預金(満期未到来、満期到来前の払戻しを認めない旨の約款あり)
このケースで、例えば妻B(法定相続分2分の1)が民法909条の2に基づく払戻請求をすることができる額の範囲は、次のとおりです。
㋐甲銀行
① 普通預金(300万円)×1/3×法定相続分(1/2)=50万円
② 定期預金(720万円)×1/3×法定相続分(1/2)=120万円
㋑乙銀行
① 普通預金(240万円)×1/3×法定相続分(1/2)=40万円
② 0円(満期が到来していたいため)
したがって、妻Bは甲銀行に対して、普通預金から50万円、定期預金から120万円を上限として、一金融機関あたりの上限額にあたる150万円に達するまで、払戻しを請求することができます。
乙銀行に対しては、普通預金から40万円を上限として払戻しを請求することができますが、定期預金は満期が未到来であるため、期限の利益が放棄されない限り、払戻しを請求することはできません。
① 甲銀行に対する300万円の普通預金
② 甲銀行に対する720万円の定期預金(満期到来済み)
③ 乙銀行に対する240万円の普通預金
④ 乙銀行に対する500万円の定期預金(満期未到来、満期到来前の払戻しを認めない旨の約款あり)
このケースで、例えば妻B(法定相続分2分の1)が民法909条の2に基づく払戻請求をすることができる額の範囲は、次のとおりです。
㋐甲銀行
① 普通預金(300万円)×1/3×法定相続分(1/2)=50万円
② 定期預金(720万円)×1/3×法定相続分(1/2)=120万円
㋑乙銀行
① 普通預金(240万円)×1/3×法定相続分(1/2)=40万円
② 0円(満期が到来していたいため)
したがって、妻Bは甲銀行に対して、普通預金から50万円、定期預金から120万円を上限として、一金融機関あたりの上限額にあたる150万円に達するまで、払戻しを請求することができます。
乙銀行に対しては、普通預金から40万円を上限として払戻しを請求することができますが、定期預金は満期が未到来であるため、期限の利益が放棄されない限り、払戻しを請求することはできません。
法律的な効果について
払戻しを受けた預貯金の取扱い
金融機関から払戻しを受けた相続人は、当該払戻しを受けた預貯金については、遺産の一部分割により取得したものとみなされます。これにより、共同相続人の一部の者の払い戻した預貯金の額が特別受益等によりその者の具体的相続分を超過する場合には、当該共同相続人は、遺産分割においてその超過部分を清算すべき義務を負うことになります。
預貯金債権が遺贈や特定財産承継遺言の対象となっていた場合
預貯金債権が遺贈または特定財産継承遺言の対象となった場合には、当該預貯金債権は遺産に属しないこととなりますので、民法909条の2の規定に基づく払戻しの対象とはならないのが原則です。
もっとも、改正法の下では、遺贈のみならず特定財産継承遺言についても対抗要件主義が適用されるものとされるため、金融機関としては、当該遺贈または特定財産承継遺言による承継について債務者対抗要件が具備されるまでは、当該預貯金債権が遺産に属していることを前提に処分すれば足り、二重払いのリスクを負うことにはならないものと考えられます。
もっとも、改正法の下では、遺贈のみならず特定財産継承遺言についても対抗要件主義が適用されるものとされるため、金融機関としては、当該遺贈または特定財産承継遺言による承継について債務者対抗要件が具備されるまでは、当該預貯金債権が遺産に属していることを前提に処分すれば足り、二重払いのリスクを負うことにはならないものと考えられます。
施行日
民法909条の2の規定は、令和元年7月1日から施行されています。同規定は、同日前に開始した相続に関し、同日以後に預貯金債権が行使されるときにも適用することとされています。
遺産分割前における預貯金の払戻し制度の利用にあたっての注意点
民法909条の2の規定に基づく預貯金の払戻請求は、裁判所の判断を経る必要がなく、他の共同相続人の同意も必要ないことから、遺産分割前の喫緊の支出に対して迅速に対応する手段として有用であると考えられます。
ただし、本規定により預貯金の払戻しを受けた場合には、遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなされ、遺産の処分にあたるものとして相続の法定単純承認事由に該当するおそれがあります。したがって、相続を放棄する必要性のないことを予め確認した上で、本規定による払戻しを請求する必要があります。
本規定による預貯金の払戻しがなされた後、当該預貯金に関する内容が含まれた遺言が発見されたとしても、対抗要件主義が適用されることから、直ちに本規定による払戻しが無効となるものではありません。もっとも、その後の遺産分割において相続人間の争いの原因になることも考えられますので、遺言の有無を予め十分に確認してなされるべきでしょう。
本規定による払戻しを請求する場合には、法定相続分を証明する戸籍等をそろえて提出する必要があることや、金融機関によっては相続を専門に取り扱う部署との郵送での書類のやり取りが必要になることから、事案によっては実際に払戻しを受けるまでに相当の期間を要することもあり得ます。利用に際しては、事前に金融債権に手続の流れと必要書類を確認しておくとよいでしょう。
ただし、本規定により預貯金の払戻しを受けた場合には、遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなされ、遺産の処分にあたるものとして相続の法定単純承認事由に該当するおそれがあります。したがって、相続を放棄する必要性のないことを予め確認した上で、本規定による払戻しを請求する必要があります。
本規定による預貯金の払戻しがなされた後、当該預貯金に関する内容が含まれた遺言が発見されたとしても、対抗要件主義が適用されることから、直ちに本規定による払戻しが無効となるものではありません。もっとも、その後の遺産分割において相続人間の争いの原因になることも考えられますので、遺言の有無を予め十分に確認してなされるべきでしょう。
本規定による払戻しを請求する場合には、法定相続分を証明する戸籍等をそろえて提出する必要があることや、金融機関によっては相続を専門に取り扱う部署との郵送での書類のやり取りが必要になることから、事案によっては実際に払戻しを受けるまでに相当の期間を要することもあり得ます。利用に際しては、事前に金融債権に手続の流れと必要書類を確認しておくとよいでしょう。
ゆうちょ銀行における取り扱い(参考)
ゆうちょ銀行における、おおまかな手続きの流れは下記のとおりです。
①相続の申出
「相続確認票」に必要事項を記入し、ゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口に提出します。その際に民法909条の2の規定に基づく預貯金の払戻しを希望する旨を伝えると、用紙の「仮払」の欄にチェックがなされます。被相続人名義の貯金等の有無が不明な場合や、記号番号が不明な貯金等がある場合は、「貯金等照会書」を提出します。その際、相続人であることを証する戸籍全部事項証明書等の提出が求められます。
②「必要書類のご案内」の受け取り
相続の申出から1~2週間程度で、貯金事務センターから必要書類の案内が送られてきます。
③必要書類の提出
「相続確認書」を提出した窓口に、②の案内で示された必要書類(相続関係を証する被相続人の出生から死亡までの戸籍全部事項証明書等、
申出をした相続人の印鑑証明書など)を提出します。
④払戻証書の受け取り
必要書類を提出したのち、不備がなければ1~2週間程度で、払戻証書(金券)が送られてきます。
①相続の申出
「相続確認票」に必要事項を記入し、ゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口に提出します。その際に民法909条の2の規定に基づく預貯金の払戻しを希望する旨を伝えると、用紙の「仮払」の欄にチェックがなされます。被相続人名義の貯金等の有無が不明な場合や、記号番号が不明な貯金等がある場合は、「貯金等照会書」を提出します。その際、相続人であることを証する戸籍全部事項証明書等の提出が求められます。
②「必要書類のご案内」の受け取り
相続の申出から1~2週間程度で、貯金事務センターから必要書類の案内が送られてきます。
③必要書類の提出
「相続確認書」を提出した窓口に、②の案内で示された必要書類(相続関係を証する被相続人の出生から死亡までの戸籍全部事項証明書等、
申出をした相続人の印鑑証明書など)を提出します。
④払戻証書の受け取り
必要書類を提出したのち、不備がなければ1~2週間程度で、払戻証書(金券)が送られてきます。
まとめ
平成28年12月19日の最高裁決定において、預貯金債権も遺産分割協議の対象になるとの判断がされました。この判例変更前は、預貯金債権は可分債権とされており、遺産分割を必要とせずに自分の相続分を金融機関に請求できると解釈されていました。
しかし、判例変更後はこのような取扱いは出来なくなり、相続人全員の同意がないと預金を引き出せず、残された相続人の生計費や、被相続人の債務や葬儀代の支払い等に支障を来すことが懸念されていました。
そこで150万円を上限に、相続人単独で被相続人名義の預貯金を払戻しができるように法律が制定されました。
今回は、民法909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)の内容と計算例、効果などについて、解説しました。
この制度は、遺産分割前の喫緊の支出に対して迅速に対応する手段として有用ですが、預貯金の払戻しが法定単純承認事由に該当し相続放棄ができないおそれがあります。このように遺産分割前の預貯金払戻しには、注意が必要ですので、相続や遺産分割について不安があれば専門家である司法書士にご相談ください。
当事務所は、相続や遺言など多数の実績がありますので、お気軽にご相談ください。
しかし、判例変更後はこのような取扱いは出来なくなり、相続人全員の同意がないと預金を引き出せず、残された相続人の生計費や、被相続人の債務や葬儀代の支払い等に支障を来すことが懸念されていました。
そこで150万円を上限に、相続人単独で被相続人名義の預貯金を払戻しができるように法律が制定されました。
今回は、民法909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)の内容と計算例、効果などについて、解説しました。
この制度は、遺産分割前の喫緊の支出に対して迅速に対応する手段として有用ですが、預貯金の払戻しが法定単純承認事由に該当し相続放棄ができないおそれがあります。このように遺産分割前の預貯金払戻しには、注意が必要ですので、相続や遺産分割について不安があれば専門家である司法書士にご相談ください。
当事務所は、相続や遺言など多数の実績がありますので、お気軽にご相談ください。