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農業後継者である相続人と他の相続人との不仲で農業を続けていくことができなくなった場合の遺産分割は?

農業の後継者がいるが、その他の相続人とトラブルが起こり、農業を続けていくことができなくなった場合の遺産分割はどのようにするか解説します。

今回の事例

被相続人甲と妻乙は先柤代々、農家を引き継いできました。甲と乙の間には長男丙と長女丁の2人の子どもがいます。丙は、甲乙夫婦と同居して、公務員として働いています。ただ、農家の忙しい季節には有給休暇を取って農家の手伝いをしています。丙としては、今後も農業を続けていきたいという思いはありますが、農業を引き継ぐには公務員を辞めて農業に専念しないと続けることは難しいと考えています。一方、丁は結婚して別の土地で生活しており、農業を引き継ぐ意思もありません。丙と丁は兄妹であるにもかかわらず、昔から仲が悪いため、相続が発生した後に丙と丁との間に遺産分割が発生した場合に、もめることが懸念されるのですが、仮に、もめたことで丙が公務員を辞めた後で農業を続けることができなくなった場合、遺産分割にどう影響するでしょうか。

遺産分割と法定相続分

民法で定める各相続人の相続分は、配偶者と子とでそれぞれ1/2ずつ、子が複数の場合には各自の相続分は相等しいものとなります。
甲に相続が発生すると、法定相続人は乙、丙、丁の3人になります。甲が亡くなると、甲の財産を乙と丙と丁で相続します。丙と丁の法定相続分は1/4となります。さらに、将来さらに乙が亡くなると、甲から取得した財産を含めた乙の財産を丙と丁が相続します。丙と丁の法定相続分は1/2ずっとなります。つまり、甲の財産を法定相続分に従って遺産分割する場合、甲の相続と乙の相続の2段階で1/4ずつ、最終的に丙と丁で1/2ずつ取得するということになります。

丙と丁がもめる原因

一般的に考えられるのは、丙としては、先祖代々から引き継いできた農業を承継するという責任を負い、しかも丁は結婚して別居し農業をする意思がないため、自分は法定相続分以上の財産を取得してもよいはずだという考えがあり、丁としては、法律で認められている法定相続分の財産を取得するのは当然だという考えがあると思われます。そこで、甲や乙に相続が発生した場合、丙は法定相続分に相当する価額を取得する権利を主張することが考えられます。このとき、甲や乙の財産の内容が極めて重要になります。特に甲の財産のうち先祖代々引き継いできた農地の占める割合です。丙は甲乙と同居していますが、丁は結婚して別の場所で生活しています。
丁は農業を引き継ぐ意思がないことから、遺産分割にあたっては、農地を現物で取得するには消極的と考えられます。取得するとしても、売却や農業以外の利用を自由に行うために乙や丙との共有ではなく丁単独で取得することを希望するでしょう。つまり、丁としては、できれば農地以外の金銭などの財産を取得するよう希望すると考えられます。以上から、丙が先祖代々続いてきた農業を継続しつつ、丁とのもめごとを回避するためには、遺産分割で丙が農地を取得し、丁が農地以外を取得するのが望ましいといえます。

甲の相続開始によって農業を維持できない場合の遺産分割

甲が亡くなると、丙が公務員を辞めなければ乙ひとりで農業を維持できないが、丙に公務員を辞められない事情がある場合はどうなるでしょうか。丙と丁とのもめごとを回避するには、丁に法定相続分以上の財産を取得させればよいことになりますが、農業を続けないのであれば、乙や丁が農地を取得することにこだわる必要がないため農地を売却してもかまわないことになります。ただし、甲が亡くなった段階で農業の継続ができない場合で、甲の財産に相続税がかかる場合、乙も丙も農業相続人として農地等についての相続税の納税猶予の適用を受けることができません。そのため、甲の生前から農地等の処分や相続税評価額の引き下げなどの対策を行う必要があります。
遺産分割にあたっては、配偶者の相続税額の軽減を最大限利用するようにします。この制度は、被相続人の配偶者が遺産分割や遺贈により実際に取得した正味の遺産額が、1億6,000 万円と配偶者の法定相続分に相当する額とのどちらか多い金額までは配偶者に相続税はかからないというものです。そこで、乙が少なくとも法定相続分の価額の財産を取得することで納税額を減少させることができます。
とはいえ、乙が甲の財産を多く取得することで乙の納付すべき相続税は減らせますが、乙にもいずれ相続が発生します。そのときに再び丙と丁でもめごとが起きる可能性もあります。これを防ぐには、甲の遺産分割の段階である程度、丙と丁に財産を取得させることも検討すべきです。

甲の相続開始でも乙と丙で農業を維持できる場合の遺産分割

甲が亡くなっても、丙が公務員を辞めることなく乙とふたりで農業を維持できる場合はどうなるでしょうか。丙と丁とのもめごとを回避するには、丁に法定相続分以上の財産を取得させればよいことになりますが、農業を維持するには、乙や丙がなるべく農地を取得する必要がありますし、甲の財産に相続税がかかる場合、納税資金の確保も重要となります。すると、納税資金の確保のために、丁に農地以外の金銭等の財産を取得させるのはさらに困難となり、乙や丙に納税資金のほかに代償分割で丁に交付する財産があるかどうかも検討しなければなりません。納税資金を確保するために農地を売却もしくは物納によりさらに農地が減少することで、農業経営がさらに困難になることが想定されます。

納税猶予の検討

納税負担を減らしつつ農業を継続するために、農地等についての納税猶予の特例の適用を検討します。この特例の適用を受ければ、特例の対象となる農地等の評価を相続税評価額ではなく農業投資価格として申告期限内に納付すべき相続税を計算するため、納税資金を減少させることができます。
ただし、この特例は、少なくとも適用を受けようとする農地等が申告期限までに遺産分割されていなければならないので注意する必要があります。丙と丁が遺産分割協議でもめたとしても、農地等については相続税の申告期限までに一部分割で対応する必要があります。
そして、丁には農地以外の財産を取得させるような遺産分割を行います。丁が法定相続分にこだわり、甲の財産だけでは農地以外の財産を確保できない場合には乙や丙による代償分割も検討します。さて、農地等の相続税の納税猶予の特例の適用を受けられる農業相続人は、農業を営んでいることその他について農業委員会の証明を受けた者です。丁は農業をする意思がないため、乙と丙が適用を受けることか できる農業相続人になり得ると考えられます。
なお、丙は公務員ですが、会社、官庁等に勤務するなど他に職を有しもしくは他に主たる事業を有している場合であっても、その耕作等の行為を反復かつ継続的に行っているかぎり、農地等について相続税の納税猶予の特例の適用を受けることができます。
そこで、遺産分割にあたって、農地を乙と丙が共有で相続するという方法が考えられます。
共有者が共に農業を行う場合には、取得した農業相続人がそれぞれ農業を行うのであれば、共有者ごとに取得した農地等の持分について納税猶予の特例の適用を受けられます。

営農困難時貸付けや特定貸付けの検討

将来、乙が健康上の理由で農業ができなくなった場合に、乙が相続した農地について営業困難時貸付けの特例の適用を受けられる可能性を検討し、納税猶予を継続できるような遺産分割もあわせて検討すべきです。
その後、乙が体調を崩して農業ができなくなると、乙の納税猶予は打ち切られてしまい、納税猶予された相続税額を利子税と併せて納付しなければなりません。ただし、疾病等によって営農が困難になった場合には、営農困難時貸付けの特例の適用を受けることで納税猶予の特例を継続することができます。
一方、丙も公務員を辞めなくても、農地等を農地中間管理事業、農用地利用集積計画での貸付けを行うと、納税猶予が継続されます。ただし、この適用を受けられるのは、納税猶予の適用を受けるための贈与税の申告書の提出期限から当該貸付けを行った日までの期間が 20年以上でなければならず(貸付けを行った日で65歳以上である場合には10年以上)、現実的に丙が特定貸付けの特例の適用を受けるのは難しいと思われます。

丙のみが農業相続人となり農地を単独所有する遺産分割

乙と丙が農業相続人として農地を共有取得して、2人が納税猶予の特例の適用を受けても、いずれ乙にも相続が発生することになり、その際に丙と丁 との間で遺産分割がもめることが考えられます。また、相続税の点からみても、甲の財産の状況によっては、配偶者の相続税額の軽減や納税猶予の特例のメリットを十分活かせないことも考えられます。
そこで、子である丙のみが農業相続人となり農地を相続し、納税猶予の特例の適用を受けることが考えられます。丙の取得する財産は増加することになりますが、納税猶予の適用により納税資金が軽減されます。乙は納税猶予の適用は受けられませんが配偶者の相続税額の軽減を受けることができます。
そして、遺産分割にあたり丁に取得させる財産については、乙に相続が発生した場合を考えて、乙は甲の財産の取得については、法定相続分にこだわらず、丙が多く取得するように遺産分割を行うことが考えられます。
なお、丙は農業相続人となりますが、もし、公務員を辞めないと農業経営か維持できない状況となり、しかも、公務員を辞められない場合には、農業経営の放棄ということになり、納税猶予は打ち切りということになります。

遺産分割そのものを回避する方法

遺産分割そのものを回避する方法としては、甲の遺言によることが考えられます。ただし、その内容によっては遺留分減殺請求が考えられます。
つまり、甲が農地のすべてを乙に遺贈し、乙が贈与を受けた農地にかかる相続税の適用を受けることが考えられます。ただし、乙の農業相続人は丙であるため、丁が取得する財産でもめることが想定され、また、遺留分減殺請求が考えられます。
また、甲が農地のすべてを丙に遺贈し、丙が遺贈を受けた農地にかかる相続税の納税猶予の適用を受けることが考えられます。丁が取得する財産でもめることが想定され、また、遺留分減殺請求が考えられます。

まとめ

(1)農地等を贈与した場合の納税猶予等の特例と夫婦間で居住用不動産等を贈与した場合の配偶者控除の特例とは、それぞれ適用を受けるための要件、特に贈与対象が、納税猶予の特例の対象が農業の用に供する農地等、配偶者控除の特例の対象が居住用の土地建物等で異なるため重複がないこと、そして、規定上も重複適用を排除していないことから、併用することは可能になる。
(2)農業を維持できない場合の遺産分割では、配偶者の相続税額の軽減を最大限利用する。
(3)農業を維持できる場合の遺産分割では、農地等についての納税猶予の特例、営農困難時貸付けや特定貸付制度を検討する。
(4)農地を単独所有する遺産分割では、配偶者の相続税額の軽減や納税猶予の特例を検討する。
(5)遺言により遺産分割そのものを回避する。
今回は、遺産分割にいて配偶者控除の特例や納税猶予の特例を検討することを事例で解説しました。当事務所は、農地の相続や遺言について、多数の実績がありますのでお気軽にご相談ください。

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